日本は一度失敗すると浮かび上がれない社会

多重債務や過重債務に陥って、債務整理をするような人間は、世間一般からしてみれば、いわゆる「失敗者」ということになるかと思います。

自分が経験しているからということもありますが、個人的には、過去に債務整理をしたことよりも、今現在はどうなのかに焦点を当てて、人とつきあうようにしています。

それじゃぁ、初対面の人にいきなり、自己紹介で債務整理をしたことを言うかといったら、100%あり得ませんし、隠しておきたい過去であります。

もし、僕が人もうらやむくらいの高額な年収を取っているとかだったら、逆に言うかもしれませんが、残念ながらそんな稼ぎはありません。(悲)

失敗した人への色眼鏡

もう10年以上前の話になりますが、ある中年の男性で、個人で軽トラックの運送業(赤帽ってヤツです)を営んでいる人が、僕の知り合いにいました。

そのおじさんは、ちゃんと仕事をしていたのですが、彼の仕事仲間(同業者)が、「あいつは昔会社を潰した人間だから、仕事を振らない方がいい」と僕に忠告してきたことがあります。

僕に忠告してきた人は、僕のためを思ってそんなことを言ったのか、足を引っ張りたかったのかは、定かではありません。

お互いに仲が悪かったのかというと、普通に会話を交わすし、時には一緒に飲みにも行っていたようなので、まだ若かった僕は、大人の世界って怖いなと思ったものです。(自分も大人でしたけど・・・)

こんな話はその辺にごろごろしていることでしょう。僕自身も、サラリーマン時代に似たような経験があります。

僕は、大学を中退しているのですが、そのことを知ったとたんに態度が変わった人がいました。

大学も卒業していないヤツから、IT関連の専門的な話をレクチャーされたくないといった感じが、態度に表れていました。(大学は文系だったし、別に大卒かどうかは関係ないんですけどね。)

リセットが難しい日本

僕は常々思っていましたが、日本人って本当に敗者に厳しいというのもありますが、日本の仕組みが一度失敗すると、元の状態に生活を立て直すことを難しくしているんじゃないでしょうか?

よく聞く話で、「欧米では失敗者を高く評価する」とか、一度破産したけど、今は大成功しているなんてことを聞きますが、住んだことがないので、日本と比べてどう違うのか実際のところはよくわかりませんでした。

ところが先日、東京都で初めて義務教育の民間校長に就任した、藤原和博さんのインタビュー記事に、その答えがありました。

ちょっと引用してしてみますと。。

欧米には敗者に対するリスクヘッジが、2つあるんですよ。1つめは「大学」。なにかにチャレンジして、それがダメだったとします。そのとき大学に 戻って、ネットワークをつくることができるんですよね。例えば、アップルやグーグルでバリバリ働いていた人が会社を辞めて、大学に入学する。そして、バン グラディッシュなど経済的に貧しい国に行っているケースがあります。そこでなにをしているかというと、自分の技術を使って「貧困」をなくそうとしている。 なぜそんなことができるのかというと、会社を辞めてから大学でネットワークができたからなんですよね。

もう1つのリスクヘッジは「教会」。仕事で大きな失敗をしても、教会から出直すことができるんですよ。米国のラスベガスでギャンブルに負けて破産 した人でも教会に救われて、炊き出しなどをしながらやり直す。こうしたことは欧米では当たり前のようにやっていますが、日本ではあまり聞きませんよね。

Business Media 誠 より

欧米には、そんな仕組みがあったとは全然知りませんでした。

日本の大学は、新卒で就職するための機関でしかありませんし、日本のお寺は、葬式や初詣などの仏教的な儀式を行うだけのものでしかありません。

いくつかのNPOが、こういったケアをしている話をたまに聞くくらいです。

こういった環境にプラスして、先の例のように一度でも失敗した人間に対して、まるで水に落ちた犬を打つような空気が、日本の社会をとりまいているように感じます。

でも、これっていずれは自分に返ってくるじゃないだろうかと思います。

これまで、水に落ちた犬を打っていた者が、逆に打たれる方に回ったとしたら、今まで自分が、見下していたヤツと自分が一緒だということに気づいた時には、相当落ち込むことでしょう。

日本人の自殺率の高さは、そんなところにも原因があるような気もしますが、どうなんでしょう。

日本の大学やお寺が、欧米のようになることは、期待できそうにありませんが、せめて小中学校の道徳の時間にでも、インチキな「江戸しぐさ」なんて取り上げないで、一度や二度の失敗はどうということはないと教えてほしいと思います。


コメントを残す

メールアドレスは公開されません。